mark 若い文化の担い手を育てよう

 ようやく遠野文化研究センターは、その初志を再確認しながら、本格的になすべき仕事にとりかかる時期にいたったようだ。  思えば、遠文研(とおぶんけん、と呼んでおく)の立ち上げは、三・一一からいまだひと月ほどしか経っていない時期におこなわれた。市庁舎は半壊の状態で、だれもが三陸の被災地支援のために忙しく働いていた。そんなときに、よくぞ、本田敏秋市長は「文化研究」を掲げた組織の立ち上げを決断されたものだ、とあらためて思う。だからこそ、遠文研ははじまりの仕事として、三陸の文化復興支援を掲げて働くことになった。それ以外の選択はありえなかった。  被災地への献本プロジェクトと、文化財レスキューの二本立てで進められてきた事業はいま、ひと区切りがつこうとしている。むろん、三陸の文化復興支援そのものが終わるわけではない。遠野という土地が、三陸の村や町と深く繋がり、扇の要のような地政学的でもある役割を負わされていることは、むしろ自明にすぎる認識となったのではないか。これからの困難な復興と再生のプロセスのなかで、遠野の担うべき役割はさらに大きくなるにちがいない。三陸の被災地に寄り添い、支援を継続してゆくための中長期的なプロジェクトがいかに可能か、議論を始めねばならないと思う。  さて、あらためて遠野文化研究センターの使命や役割とは何か。遠野の歴史や文化や風土をあくまで内発的に掘り起こしながら、それを大切な資源として地域の活性化のために活用してゆくこと。とりあえずはそれが、鶴見和子さんの内発的発展論に学びつつ、はじまりに確認しておくべきことだろうか。わたしたちがまず目指すのは、文化と観光を有機的に結ぶことである。遠野にはそのための巨大な遺産が存在する。遠野は不思議な土地だ。その地域ブランド力は、すでに圧倒的なものがある。語り部千人プロジェクトなど、遠野でしかありえない、何とも魅力的な企てである。  遠野はいま、どうやら世代交代の時期にさしかかっているようだ。地域からの学びの庭を多様な形でつくりながら、文化の創造的な継承者を若い世代のなかから育てていかねばならない。遠文研はそのために力を尽くすことになるだろう。

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