mark 佐々木喜善ルネッサンスが始まる

昨年は、柳田国男没後50年という節目の年でありました。 わたしたちは遠野市を舞台として、海外からお招きした6名の研究者とともに、世界のなかで柳田国男や『遠野物語』はどのように研究されてきたのかというテーマで、とても興味深い議論を交わすことができました。そのシンポジウムの記録は、『遠野学』第二号に掲載されることになっています。また、すでに昨年の秋には、ロナルド・モースさんとわたしが編者となって、藤原書店から『世界の中の柳田国男』という論文集を刊行しています。こちらには、さらに多くの海外の研究者が刺戟的な論考を寄稿してくれています。 わたしたちはおそらく、この遠野の地において、柳田国男という思想はいかにして21世紀の世界へと継承されてゆくのか、それははたして可能なのか、といった深刻な問いを突きつけられたのです。まちがいなく柳田国男の読み方、あるいは受容のされ方は、思いも寄らぬ変化を遂げてゆくことになるでしょう。また、柳田に関する著作権が切れたことがどのような影を落とすのか、こちらはまるで予測がつきません。とりわけ、『遠野物語』はいたずらに蕩尽される、いわば危機にさらされかねないと危惧しています。 そして、今年はというと、佐々木喜善の没後80年に当たるのです。喜善はむろん、遠野の文化を語るときには、とても大切な存在ですが、意外なほどに未知の部分が多い人物なのかもしれません。『佐々木喜善全集』はすでに刊行され、資料もまた少しずつ集まっているはずですが、きちんとした研究となると数えるほどしかないのです。それが残念ながら、佐々木喜善をめぐる現実なのです。 とはいえ、わたしたちはこの2013年を、佐々木喜善ルネッサンスの先駆けの年にしようと動き出しています。喜善は「日本のグリム」と称されたことがありました。遠野市はいま、何かに導かれるように、まさにグリム兄弟の生誕の国・ドイツの町との文化交流を始めようとしています。佐々木喜善の仕事の再評価の動きは、やはり遠野から興ってほしいとひそかに願ってきました。わたしたちはいま、ようやくにして「日本のグリム」としての佐々木喜善との再会の季節を迎えようとしているのかもしれません。 震災からの復興はいまだ道遠しですが、わたしたち遠野文化研究センターは文化を携えて、三陸の村や町の復興と再生のために働き続けます。それは確実に、遠文研の初志そのものとして受け継がれてゆくことでしょう。 汝の足元を深く掘れ、そこに泉あり。

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