mark 【口語訳遠野古事記】 解題、序

Pocket

●解題
 『遠野古事記』上中下三巻は宇夫方広隆の撰著である。広隆は元禄元年(1683)の春遠野に生まれ、通称を平太夫、又は宗右衛門と言った。幼いころから江田勘助の元で学び、詩文和歌に優れる一方で武芸を嗜み、兵法・砲術・弓・馬・刀・槍の全てを極めたと言われている。遠野の昔の歴史や風俗、伝説や噂話のような雑事を集めて宝暦十二年(1762)に書き終え『遠野旧事記』(多賀城物語という名もあるらしいが定かではない)と名づけたが、翌年に足りない部分を付け加え、誤りを訂正して、改めて『遠野古事記』と題名をつけたのである。そのため本書は『遠野旧事記』の増補版とも言えるであろう。
 この本は、故伊能嘉矩氏が柳田国男氏の持っていた本を写し書きしたもので、もともとの本には「陸中国西閉伊郡遠野町小笠原政忠が持っていた本を、明治二十二年(1889)四月に文科大学(現在の帝京大学)教授星野恒が訪ねて借り受け、翌年七月に書き写し終えたものを明治四十四年四月に再度書き写した」とあり、伊能氏は明治四十四年六月に書き写しました。ただし、文章の途中で伊能氏が遠野家関係文書類を参考に照らし合わせながら挟み込んだ書き物や注意書きなどは、全部はここに載せないことにした。
 また、この本を分けて十巻としているものもある。伊能氏の本のはじめの解題に別の体裁の各巻についての考証が載せられているので、練習のために書き写して皆さまの参考になるよう提供しよう。
 
 一巻 上巻はじめから南仙境分境云々の節まで
 二巻 将軍家をも云々の節から直榮様御代御家中諸士云々の節まで
 三巻 直栄様御代の頃までも云々の節から上巻おわりまで
 四巻 中巻はじめから義諭様天然の御生質云々の節まで
 五巻 直栄様八戸より云々の節から往昔は野山に限らず云々の節まで
 六巻 盛岡御屋敷云々の各節
 七巻 下巻神社の各節
 八巻 寺院の各節
 九巻 往昔は貴賤共に云々の節から往昔遠野小友村云々の節まで
 十巻 往昔寛永年中云々の節からおわりまで


●遠野古事記序
 つらつらと我が身を振り返ってみれば、元禄元年(1683)正月上旬に遠野の町中で年始御礼の頃に生まれ、おぎゃあおぎゃあと泣き乳房を咥え養われ、しだいにハイハイするようにもなり、乳母に可愛がられて育てられた子どもが年を重ねて大人になり、老境という坂道に足を踏み入れ76歳の爺さんになりました。長い年月を過ごす間に目の当たりにした世の中の風俗がいろいろと変わっていく様子と、遠い昔のことを老人が語るのを聞いた様々のあらましを考えて、訪ねてくる友もいない日や目が冴えてしまう夜に思いだしながら書き散らかした随筆や、まだ束ねていない草稿の数々は、「おじいさんは庇の屋根を葺きました」「おばあさんは水車小屋の掃除をしていると豆を一粒拾いました」などと、かわいい孫子を抱きかかえながら寝物語に聞かせる昔話の様なものです。花も実もない葉なし草のようなつまらない話に向かっている自分の命も、朝顔の花のように、また玉をつなぐ緒のように短いことでしょうから、自分が死んだあとそのまま残して置けば銀魚の餌にされてしまうのも惜しまれるので、時々硯に向かって筆を執り、清書することができた全部で三冊を「遠野古事記」と名前をつけました。この本のなかには間違いや記憶違いも多いことでしょう。もしも後の世に私と同じような気持ちを持ってこの本を読んだ人がいたならば、間違いを非難せず、意味の通らない文章を補って、さらに後の世の人に伝えてほしいと願います。
   宝暦十三年(1763)癸未 秋吉日
カテゴリー 口語訳遠野古事記