mark かたづの!

今月の口語訳遠野古事記を更新しました。 12日の夜に行われた講座は、遠野城下にあった御蔵の話や鍋倉城の火事と再造営についてでした。 詳しくはこちらをご参照ください →【口語訳遠野古事記:御蔵の造営と御城の火事】 さて、先月集英社から出版された中島京子さんの著作「かたづの!」を読み終えた方はいらっしゃいますか?中島京子さんは、今年1月に公開された映画「ちいさいおうち」の原作者で、同作で直木賞も受賞した人気作家です。 最新作「かたづの!」の主人公はあの清心尼公だというので、これはぜひ読まねばとわくわくしていました。先日読み終え、とても面白かったのでぜひ多くの遠野好きの方にも読んでいただきたいと思っています。 ネタバレを控えるため内容には触れませんが、教養の限りを尽くして〇〇する清心尼公がカッコよくて痺れました。個人的におすすめのシーンです。 金曜夜の読書会は二年目になりましたが、これまで読了した遠野古事記に出てきた事件や人物が小説に登場します。彼らは日本史に登場する歴史の重要人物たちと違い、個々人の性格だとかエピソードの資料はほとんど無く、仮にあったとしても断片で、人物像を想像する材料は多くありません。その少ない材料を組み込んでそれぞれに個性を持たせるのだから、小説家の文章の力というのは本当にすごい。名前や役職、断片しか歴史に残らない人物たちが、小説の中で動いて話して生きている。名前しか知らない彼らに対し途端に親しみが湧き、生きた時代や人物像を想像しやすくなります。 もちろん小説ですから、歴史を元にしたフィクションであり、しかもファンタジー的な要素もある本作を「これが真実の清心尼公や遠野南部家の歴史だ!」と言い切るのは大変危うい間違いです。 ですが、想像力を刺激するきっかけを与えてくれる、とても面白い作品だと思いました。今は予約がいっぱいだそうですが、図書館に配架されています。ぜひ読んでみてください。 そして遠野南部家の歴史に興味を持ったら、金曜夜の読書会にいらして下さると嬉しいです。

図書館員もオススメ!

【松浦】

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mark 秋の味覚満載

9月に入ってすっかり秋模様になってしまいました。去年は今頃まで残暑が厳しく、早く秋にならないものか…と願った記憶がありますが、今年は夏がさらっと終わってしまったのでなんだかさみしい気分です。 遠野の田んぼもきれいに色づき、早い所ではもう稲刈りも終わってハセ掛けしている所もあります。 先日、私の住む鱒沢地区のお祭り「四社合同祭」が行われました。 その様子は後日改めてお伝えしたいと思います。 お祭りが終わった次の日、友達とホールトマト作りをしました。 大量のミニトマトのへたを取り、そこを箸で刺して穴をあけ、熱湯にくぐし、冷水に取ります。そして一個一個湯むきをしたミニトマトを瓶に入れ、塩水を注ぎ、鍋に入れて熱湯消毒し、粗熱を取って出来上がりです。 冬はどうしても野菜がとりづらいので、今豊富にある夏野菜でどうにかならないかと思っていたところ、ある映画でホールトマトを作っていた場面があったので真似してみました。 粗熱を取っている間、ご近所さんから「栗、いらない?」という電話をいただきました。お邪魔すると、庭先には栗のほかにも、ハタケシメジやサトイモがあり、好きなだけ取っていいよ!といわれ、さらにご主人のご実家である豆腐屋の豆腐もいただき、「これでネギがあれば芋の子汁が出来ちゃうね!」と喜んでいたら、ご主人が畑からネギを取ってきてくださいました(催促したみたいでスミマセン…)。 夕食は芋の子汁だ!と思ったものの、まだ準備をするには早い…、ということでクルミ取りに出かけました。 年末のおもちには欠かせない、美味しいクルミ餡のために草むらの中から一生懸命探しました。一つ見つけると、目がだんだん慣れてきてどんどん見つけられたので面白かったです。木が池のほとりにあったので、池に落ちたクルミも火バサミを使って必死に取りました。 おおきいバケツ一杯になったクルミは土の中に入れて皮を腐らせた後、殻を洗い、ネットに入れて乾燥させます。遠野ではクルミ餡以外にも「がんづき」や「かねなり」といったお菓子にも使われる欠かせない木の実です。 クルミ取りから帰って、まず栗を茹でました。「鍋に入れた栗がかぶる位の水を入れ、その水がなくなる位まで火にかける。その時に蓋をすると栗が蒸されるので、ほくほくのゆで栗が出来上がる。」という、ご近所さんの言うとおりに栗をゆで、その間に芋の子汁を作りました。 ハタケシメジは土のついた石づきの部分を取り、軽く洗った後、裂きながら水を張ったボールに入れます。そうすると、キノコについている砂や虫が取れるのだそうです。ちょっと量が多いかな?と思いましたが、煮るとちょうどいい量になりました。   <ハタケシメジと栗> 今日は保存食を作ったり、クルミ取りしたり、芋の子汁を食べたり、すっかり秋になったなあ…と感じていたところで、ふと「そういえば、梅干しはどうなったかな?」と思い出しました。 夏に教えられながら漬けたものの、あまりの忙しさに干すことが出来ないまま夏が終わってしまったという…。しかも梅酢も自分で用意できず、部長から頂いた梅酢で漬けていました。あまり手をかけないでしまった梅干しでしたが、樽のふたを開けると梅干しの匂いがふわーっと香り、色も赤くきれいに染まっていました。食べてみると酸っぱい!大成功だったようです。 初めから最後まで食べ物の話ばかりになってしまいました。 これから食欲の秋。体調管理には気を付けながら美味しいものをいっぱい食べたいと思います。 <樋口>

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mark 夜空の話

私は天文に詳しくはありませんが、流星群の条件が良い日であれば外に出て流れ星を探す程度に星が好きです。 8月ペルセウス座流星群は月明かりの条件が悪く、加えて実家周りの街灯がLEDライトになってしまったため明るすぎて断念しましたが、7月末の流星群は月明かりの少ない好条件だったため、某所にて寝袋とマット完備の状態で夜空を見上げていました。 今月も8日㈪に中秋の名月、翌日9日㈫は今年最後のスーパームーンと、空を見上げる日が続きました。両日ともきれいな月を見ることができたので満足です。 県外の友人が遠野へ来た時に、夜空に見える星の数に驚くそうです。中には「初めて天の川を見た」なんて友人もいて、一晩中星を見ていたこともあります。夜空にはしゃぐ友人たちを見ていると、当たり前の遠野の夜空が、実はとても得難いものなのかもしれないと思うようになりました。 星空観察のための良い条件には、街明かりが少ないことと空気が澄んでいることが挙げられます。高原が星空観測の会場に選ばれるのは、この条件が揃っているためです。 遠野は、車でわざわざ高原へ行かずとも夜空を見上げるためにバッチリの場所が身近にありそうです。空気も澄んでいますし、少し足を延ばせば街明かりを避けることもできます。 夜の遠野も魅力的な観光ポイントだと思います。 8日㈪に行われた大出早池峯神社の観月祭は、過剰な明るさを抑えた境内が印象的でした。もちろん見物客の安全のために足元を照らす明かりや、舞台上のライトはありましたが、参道や本殿へ続く階段は両側の地面に並べられた蝋燭のゆらめく灯りだけ。夜の神社なのに少しも怖くない、厳かなのに温かみのある雰囲気がとても素敵でした。月明かりの下、家に帰りながら、やっぱり遠野の夜は素敵だなと改めて思いました。 夜の暗がりを楽しめる人もいるかもしれませんが、真っ暗闇は怖いものです。なので、まずは遠野の夜空を堪能することから始めてはどうでしょうか。 これから寒さが厳しくなると長時間外に居られなくなりますが、空気が乾燥してくると、夏以上に夜空が賑やかになります。10月は8日に皆既月食が観測できますし、22日に極大を迎えるオリオン座流星群は月明かりの少ない良い条件なので流れ星を探しやすいと思います。 賑やかな祭りや日中の観光ももちろん素敵ですが、時には遠野の夜空を静かに楽しんでみるのも良いのではないでしょうか。 【松浦】

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mark 早池峰登山

遠野にいるのだから、一度は行かねばと思い早池峰山に登ってきました。 本当は先月の山開きに合わせて登山の予定でしたが、あいにくの雨天だったため予定を先延ばししていました。「せっかく行くなら高山植物が見頃の時期に行くのが一番良い」との言葉に覚悟を決め、友人と初早池峰登山! 当日はあいにくの曇り空…「青い空がよかったね」と言い合う初心者の私たちでしたが、登山は晴れすぎていないほうが登りやすいと案内人から教わりました。暑すぎず寒すぎず、登山日和でした。 前日までの天候や初心者の体力を踏まえて、河原の坊から登り小田越えへ下山するルートとなりました。雨で増水している川を、ペース配分ができない初心者では最後に渡る体力や気力がないだろうという案内人の気遣いです。 途中に友人Aがダウンしかけたり、友人Bが高所恐怖症の為に涙目になるなどありましたが、無事登山を終えることができました。登りは3時間強、下りは2時間というゆっくりペースでしたが、普段の運動が不足している私の体はガタガタでした。 早池峰山では可憐な高山植物を見ることができました。同じペースで歩いていた方が草花に詳しく、いろいろと教えていただいたのですが、登ることに必死だったためほとんど撮影できず。次はもう少し花の名前を憶えて行こうと思います。

ホソバツメクサとナンブトラノオ

ハクサンチドリとミヤマヤマブキショウマ

ハクサンチドリ

ナンブソモソモ

ハヤチネウスユキソウ

山頂の花畑

【松浦】

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mark 遠野のパワースポット:ザシキワラシ編

前々回:卯子酉神社(リンク) 前回:遠野郷八幡宮(リンク) 『遠野物語』 十七話 旧家【キウカ】にはザシキワラシと云ふ神の住みたまふ家少なからず。此神は多くは十二三ばかりの童児なり。折々人に姿を見することあり。土淵村大字飯豊【イヒデ】の今淵【イマブチ】勘十郎と云ふ人の家にては、近き頃高等女学絞に居る娘の休暇にて帰りてありしが、或日廊下【ロウカ】にてはたとザシキワラシに行き逢ひ大に驚きしことあり。これは正しく男の児なりき。同じ村山口なる佐々木氏にては、母人ひとり縫物して居りしに、次の間にて紙のがさがさと云ふ音あり。此室は家の主人の部屋【ヘヤ】にて、其時は東京に行き不在の折なれば、怪しと思ひて板戸を開き見るに何の影も無し。暫時【シバラク】の間【アヒダ】坐【スハ】りて居ればやがて又頻に鼻を鳴【ナラ】す音あり。さては坐敷ワラシなりけりと思へり。此家にも坐敷ワラシ住めりと云ふこと、久しき以前よりの沙汰なりき。此神の宿りたまふ家は富貴自在なりと云ふことなり。 ザシキワラシといえば「ザシキワラシのいる家は裕福になる」「会えば幸運に恵まれる」など、福の神のような存在と考えられています。遠野にはザシキワラシの昔話や目撃談があり、お土産物のパッケージに採用されたりモニュメントが飾られていたりなど、身近な存在です。 基本的に個人宅にいると考えられている存在なのでなかなか会えないのが難点ですが、遠野にはザシキワラシに所縁のある場所がいくつかあります。 おススメしたいのが、大出早池峯神社と遠野早池峰ふるさと学校です。

早池峯神社

新潟から早池峯神社へ参詣した人に、神社のザシキワラシが車に乗って一緒について行ったのだそうです。その人は事業を営んでいたため、帰ったあとはもちろん商売繁盛し、それを感謝して早池峯神社へお礼参りに来たそうです。 これは昭和末の頃の話で、「むかーしむかし」の話ではない点が面白いと思います。 4月29日にはザシキワラシ祈願祭が行われ、ご利益を求める多くの人が「ザシキワラシ人形」を持って集まるのだそうです。 また、神社隣りのふるさと学校(旧大出小中学校)には校舎にザシキワラシが住んでいるといわれ、いくつかの目撃談があります。 GW中には、訪れた観光客の一人がザシキワラシからメッセージを受け取ったそうです。 「体育館へ入るときに挨拶をしながら入ってほしい、そのとき体育館の中に居れば物音を立てて返事をする」というものだったそうです。 これを知った私と友人はすぐさま体育館へ向かいザシキワラシへ声をかけてみましたが、ことりとも物音は立たず…どうやら不在だったようです。よい天気だったから校庭で遊んでいたのかもしれません。 ところで、ザシキワラシが富をもたらしてくれる話を聞くと「いいな~、うちにもザシキワラシがいればなあ」等と考えてしまいませんか。 「此神の宿りたまふ家は富貴自在」なんて素敵な言葉なんでしょうか! けれど、ザシキワラシには忘れてはいけない性質があることも知っておいた方が良さそうです。 『遠野物語拾遺』には、次のようなザシキワラシの話が紹介されています。 『遠野物語拾遺』  八七話 綾織村砂子沢【いさござは】の多左衛門どんの家には、元御姫様の座敷ワラシが居た。それが居なくなったら家が貧乏になった。 八八話 遠野の町の村兵【むらへう】といふ家には御蔵【おくら】ボツコが居た。籾殻などを散らして置くと、小さな児の足跡がそちこちに残されてあつた。後にそのものが居なくなってから、家運は少しずつ傾くやうであったといふ。 八九話 前にいふ砂子沢でも沢田といふ家に、御蔵ボツコが居るといふ話があった。それが赤塗の手桶などをさげて、人の目にも見える様になったら、カマドが左前になったといふ話である。 そう、ザシキワラシがいなくなると大変なことになるのです。 家運が傾く気配を感じていなくなるのか、いなくなったから家運が傾くのかは分かりません。ザシキワラシは子どもの形をした神なので、気まぐれに出ていくこともあるのかもしれませんし、気に食わないことがあって家を出るのかもしれません。 どちらにしろザシキワラシがいなくなることは、その家の不安定な未来を暗示すると考えられたようです。 富裕な家が没落した時、またはそれまで貧しかった家が豊かになりだした時に「あちらの家のザシキワラシがこちらの家に移動したのだろう」と理由を付けて納得していたのでしょう。 このようにちょっとやっかいな一面のあるザシキワラシですから、家にいてもらうよりも会いに行ってご利益をお裾分けしてもらうくらいが丁度いいのではと思います。 ちなみに私は会えたことはありませんが、どなたかザシキワラシに会えたら教えてくださいませ。 【松浦】

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