mark 【土曜講座「先人秘話」第1回報告】


報告:
 平成30年度土曜講座「先人秘話」第1回は“『風の又三郎』の学校を探して~沢里武治と宮沢賢治”と題し、遠野文化研究センター研究員・菊池弥生さんから自身の最新の研究成果を発表していただきました。
 菊池さんは上郷町のご出身で、上郷中学校生の時の校長先生が沢里武治だったという縁の持ち主です。
 沢里武治は1910年、岩手県稗貫郡湯本村(現在の花巻市)に生まれました。花巻農学校に入学し、宮沢賢治から1年間教えを受けます。また、音楽団の一員としても活動し、賢治からバイオリンを手渡されるなど、音楽の才能を大変期待されていました。
 その後、岩手師範学校に進学。卒業後、上郷尋常小学校を初任地として、上閉伊郡や遠野市内の小中学校を歴任し、1970年上郷中学校長を最後に退職し、晩年は大正琴の指導と普及に努め、遠野市芸術文化協会会長として活躍しました。
 2人の交流は沢里が教員になってからも続き、休暇ごとに花巻の「羅須地人会」を訪れるなど、賢治を生涯の師として尊敬していました。
 1931年、沢里は上郷小学校在職中の時、賢治から依頼を受け当時の上郷村を案内します。賢治の上郷訪問の目的の一つに『風の又三郎』執筆のための小学校取材がありました。
 『風の又三郎』は1924年以前に書かれた『風野又三郎』(主人公は「風野又三郎」。子どもたちにしか見えない風の神の子、風の擬人化として登場。風の気象を題材とした科学的な内容の物語)をもとに、『種山ヶ原』、『さいかち渕』などの先駆作品が挿入され、賢治最晩年の1932年から1933年頃、全面的に改稿されたものでした。これは上郷訪問の1年後にあたります。
 菊池さんは、『風野又三郎』の原稿の修正・書き下ろしの部分を丹念に読み解き、上郷で取材した学校の様子が反映されていると考えました。原稿に追加された描写に当てはまる分教場(分校)がどこか、当時の上郷小学校の5つの分教場(来内、平倉、佐比内、細越、沓掛)跡地に足を運び自分の目で確かめたのです。「栗の木のあるきれいな草の山」「ごぼごぼ水を噴く岩穴」etc‥。そうしたところ、これらの条件にぴったりな分教場を発見しました。それは「細越分教場」です。現在の細越地区コミュニティ消防センターにあたります。栗の木があり、周りは山。土手があり、湧き水もありました。賢治の追加した描写に当てはまる場所でした。
 これまでにも『風野又三郎』のモデル校は「上郷小学校」であると遠野市立博物館元館長の石井正己さんが『宮沢賢治と遠野』(遠野市立博物館 2006年)に書いていますが、菊池さんはそこから一歩進めて、「細越分教場」にも賢治が訪れ、そこで取材したものを『風の又三郎』に描いていると結論付けました。
 豊富な資料や聴衆参加型のワークシートを用いた研究発表に、受講者はメモを取るなど熱心に聞き入り、2時間の講座でしたがあっという間に時間が過ぎました。
 赤坂所長が「今までたくさん研究発表を聞いてきましたが、これほど明晰に仮説を立て、自分はこのように考える、というその発表のあり方に惚れ惚れしました。上郷地区に生まれ育った土地勘を徹底的に生かしながら宮沢賢治の足跡をたどった見事な発表でした。この先も菊池さんには研究を進めていただきたい。」と話すと、会場からは大きな拍手が湧き起こりました。

  次回は3月16日(土)「柳田国男が先生と慕った伊能嘉矩」と題し遠野文化研究センター運営委員 菊池健さんがご自身の研究成果を発表します。皆さん是非ご参加ください。

IMG_1296  IMG_1304
              
IMG_1325

カテゴリー 市民講座