mark 【国有林遠野開庁130周年記念講演会・遠野文化研究センター講座「遠野における森林の変遷」報告】


日時:平成30年12月18日(火)18:30~20:00
場所:遠野市立図書館視聴覚ホール
講師:平成30年度佐々木喜善賞受賞者、林野庁森林技術総合研修所教務指導官 沖義裕氏
内容:「遠野における森林の変遷」

報告:
 岩手南部森林管理署遠野支署は明治21年(1888)年に、前身組織である岩手大林区署遠野派出所が当時の横田村に設置され今年で開庁130周年を迎えました。遠野文化研究センターの平成30年度佐々木喜善賞を沖義裕氏の執筆論文である「遠野における森林の変遷」が受賞したことから、遠野地方における近現代の森林利用の歴史を広く市民に紹介するとともに、遠野支署開庁130周年を記念し、沖氏による同論文についての講演会を開催しました。平日の夜にもかかわらず会場は受講者でいっぱいになり、関心の深さがうかがえました。
 『遠野物語』には人々の間で言い伝えられてきた天狗や河童や座敷童などが記されています。沖氏が『遠野物語』を読んだ時の遠野の印象は寂れた山村というイメージだったそうです。しかし、4年ほど前に遠野市立博物館を訪れた時に驚いたことがあるといいます。博物館では城下町、宿場町として賑やかな遠野の資料を展示していて、現実の遠野と『遠野物語』の遠野とはイメージが違うと感じ、もしそうであるならば遠野の現実の森林というのがどういうものであったのか調べてみたいと思うようになったことが、この論文を書くきっかけになったといいます。
 『遠野物語』には様々な植物や樹木が出てきます。萱、草、萩は生活に必要なもの、クリや山菜、マッチ材となるサワグルミは食料・換金商品等になるものであり、森林が供給の場、また生産の場で、遠野の人は森林と多層で多様な関わり合いを持っていたといえると述べました。そして沖氏は主に3つの時代区分で遠野の森林の移り変わりを解説しました。
 初めに『遠野物語』出版の頃(明治~大正時代)の森林についてです。この時代の最も大きな出来事として、不要存地を売り払って得られた資金で造林等を行った国有林野特別経営事業を挙げました。遠野では明治34年からヒノキの植栽が行われ、その際貢献した人物がいます。土淵村の沖舘鶴蔵さんという方で、青森大林区署長の永田正吉氏による沖舘氏への顕彰碑が現在も土淵町栃内に建っています。この時代は国有林や御料林の設定、植林の実施をし、近代的な林業経営が始まりました。さらに鉄道の開通や新たな産業の勃興において、木炭、枕木、マッチの軸木など森林を換金する方法を模索しました。ただ火入れによる採草地の形成も行っていて、古くからの習慣も残っていたということです。つまり社会だけでなく森林や林業においても、新しいものと従来のものとが混在する時代だったといえると述べました。
 次に『遠野物語拾遺』の頃(昭和元年~昭和20年)の森林についてです。遠野での伐採は、ほとんどが広葉樹でさらにその大部分は薪として利用されていました。そして特別経営時代に植栽されたヒノキの本格的な伐採も開始されました。民間の活動としては、木炭の講習会や生産検査が行われていたので、遠野は木炭王国といわれるようになり、生産量が増え品質が向上しました。国有林についてはブナが新たな資源として見直され、森林鉄道の敷設や官営製材所の稼働により、用材としての利用が可能となりました。これは画期的な出来事であり、初めて林業が主要産業のひとつに成長したといえると述べました。森林鉄道は昭和4年から開設され、附馬牛の大出から上早瀬橋付近にあった遠野貯木場まで伸びていました。自然保護の動きが高まってきたのはこの時代であり、昭和3年には早池峰山の高山植物帯が天然記念物に指定されました。
 最後に戦後の森林・林業の変遷についてです。森林鉄道は昭和23年の台風により壊滅的な被害を受け、その後一部が復旧し貯木場も設置され大きな役割を果たしましたが、昭和38年に最後のディーゼル機関車が廃車となりました。特別経営時代に植栽されたヒノキは、先人たちの努力により成林し、「遠野ヒノキ」というブランドとして大量に伐採され、遠野営林署の大きな収入源となりました。民有林については木炭産業が衰退し、無林木地に木を植える等の拡大造林を行い、これにより遠野の風景は広葉樹林から針葉樹林へと変化しました。国有林は時代の要請や森林の状態に応じて、ヒノキ、ブナ、アカマツ、スギ、カラマツ等を伐採しました。また木材需要の増大に伴い、広葉樹の伐採後はカラマツ等を植栽しました。そして、昭和後期から平成にかけては材価の停滞、自然保護運動の高まりにより伐採量は減少しました。平成20年に重要文化的景観に指定された荒川高原牧場周辺等は、利用することによって景観が維持されると考えられています。人が手を加えることを制限するのではなく、利用することによる景観維持が行わると自然保護の形にも変化が現れてきました。現在の遠野地方は植栽されたスギやカラマツ等が成長し、過去最大の蓄積量をとなっているため、高性能林業機械の購入に対する補助等の施策を実施して、成長産業化させたいというのが林業関係者の想いだそうです。
 終わりに現在の遠野地方の森林について次のように話しました。採草地や山菜の採取等の従来の利用、高原野菜、風力発電等の新たな利用、馬による木材の搬出等の地駄曳きのようなかつての技術の復活が入り混じり、森林との関わりは形を変えながら今日も続いています。多様な形で森林に接し、その恩恵を受けながら生活していることには、今も昔も変わりありません。前遠野市立博物館館長の小向孝子さんは「遠野は交通の要所として情報が集まったことに加えて、北上山地の中にある人里だったので物語や文化が地域の中にすぐ広がって定着しやすかったと考えている」と言い伝えが数多く残った因を述べています。言い伝えが数多く残る環境だった遠野は、林業に関して言うと、この遠野という小さいエリアの中に林野行政として、国有林特別経営事業や御料林の造林、森林鉄道の開通、遠野製材所の開業、森林保護等、数々の施策がこの遠野地域で行われてきました。それが端的な形となって遠野地方では行われてきたと述べました。人と森林が接することによって幸せな形になればと私はそのように願いますと締めくくり、会場から大きな拍手がおこりました。

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