mark 土曜講座「もっと知りたい!遠野の先人」第6回


日時:平成27年2月14日(土) 10:00~11:30 講師:調査研究課 学芸員 熊谷航 内容:郷土研究親子二代 鈴木吉十郎と重男の軌跡 報告:  今年度最後の土曜講座は親子二代で遠野の歴史を研究した鈴木吉十郎と息子の重男を紹介しました。  吉十郎は附馬牛南部家(小八戸氏ともいう)の家老、福田范吾の次男として生まれ、後に鈴木家の養子となりました。漢学者でもあった父の影響もあり、幼いころから学問に興味を持ち、漢学を始め、いろいろな学問を学んでいました。  研究熱心なことと、博学が認められ、10代ながら遠野南部家の郷校「信成堂」の手習師(先生のこと)を務めることになり、家臣の子弟教育にあたりました。その後、教師を目指し盛岡の教員講習所(のちの岩手師範学校。現岩手大学)で学び、卒業後遠野市内各地の教員を務めたのち、遠野町役場吏員(職員)になりました。  吉十郎は仕事のかたわら郷土資料の収集と研究に熱を注ぎつつ、自身の子供の教育にも力を注ぎました。長男の重男には遠野南部家の歴史や昔の出来事などを話して聞かせたり、集めた遺物の説明をしてやったり、漢学や地理、歴史なども教えたといわれています。  子どもの頃から吉十郎の教えを受けていた重男は次第に郷土の地理や歴史に興味を持ち、父と同じ教育者を目指すようになりました。  大正13年(1924)4月には遠野町民の歴史や文化への関心を高めることや貴重な資料を保存することを目的に自宅を改造し「遠野郷土館」を建設。父親と共に集めた数千点にもおよぶ資料を展示し、無料で一般公開した、遠野における初めての「博物館」といえる建物でした。  さらに郷土史・民俗調査を研究することを目的に伊能嘉矩を代表として「遠野郷土研究会」を発足しました。そして遠野南部氏の研究資料をはじめ、貴重な資料、文化財の保存施設を建造するよう遠野町役場に何度も請願し、遠野町砂場町(現在の新町。智恩寺わき)に遠野では初となる鉄筋二階建ての「宝物館」が建てられました。この建物はその後、図書館として活用され、現在は遠野市立博物館の収蔵庫として活用されています。  教育者としての重男はわずか23歳で土淵尋常小学校訓導兼校長として就任し、校則・校訓を定めたり、土淵小学校沿革誌を発行したり、校内の内容改善に貪欲に臨んでいきました。また、欧米から日本に導入された教育方法も意欲的に学び、若い先生方にその手法を投げかけながら、意見を交わし、授業の内容や授業方法を工夫しました。  昭和2年(1927)、長らく勤めた小学校を退職し、岩手県教育会主事・同県誌編集委員兼書記になりました。そこでは岩手の教育の発展には文化の発展が象徴になると考え、教育会館の建設、映画教育部の新設、郷土読本の編集、青年学校教科書の編修など文化事業を進めました。一方、県内教職員互助会を設立し、「岩手県教育界の父」としてその業績と人柄が讃えられました。  講座の最後には吉十郎の著書である『遠野士族名簿』についての話が挙がりました。「幕末では南部藩は賊軍として扱われ、侍は階級などを失ってしまった。侍出身の吉十郎はお金のためではなく、明治に失くした士族であることの誇りや歴史残すため、士族籍回復運動のために作られたものではないかと思われる」という話で盛り上がりました。

講座の様子です

鈴木重男氏が亡くなった翌日の新岩手日報の記事

今回で今年度の土曜講座は終了です。来年度の土曜講座にもご期待下さい。

カテゴリー 市民講座