mark 土曜講座「もっと知りたい!遠野の先人」第5回報告


日時:平成27年1月10日(土) 10:00~11:30 講師:調査研究課 課長 小笠原晋 内容:知られざる民俗学者―及川勝穂 報告: 新年を迎えて最初の土曜講座は、遠野の民俗研究に大きな足跡を残した及川勝穂(かつほ)に焦点を当てました。  及川は、大正8年(1919)12月8日、下組町で及勝木工所を営む及川家の長男として生まれました。 『遠野物語』に触発され、伊能嘉矩や佐々木喜善などの先人の影響もあり、及川は遠野の民俗研究を志すようになります。また民謡や芸能が趣味で遠野に伝わる民謡を記録していた、父親である及川勝蔵の影響もあったと思われます。  及川が民俗採集を始めようとした昭和15年(1940)頃は、戦時中のため思うように行かず、本格的に採集を始めたのは昭和23年(1948)に岩手県立遠野高等学校の社会科教諭として勤務してからでした。  昭和25年(1950)から昭和30年(1955)にかけて、及川は遠野高校社会科研究会や遠野郷郷土研究会を中心に活躍しています。  資料を印刷物にまとめて複製することで後世に残すことができる、という思いで昭和26年3月に『遠野郷資料 第1号』を発刊し、その後数々の謄写版を出しました。昭和32年(1957)頃には民俗関係の雑誌に次々と論文を書き、及川勝穂の名義で中央の民俗学会に発表し始めました。その中で昭和33年(1958)10月に『遠野風土草 天の巻』が遠野郷土出版から出版されました。  及川は昭和27年(1952)東北ブロックの「文化財保護法の普及を図る講習会」に参加し、『とうの』第3号に「文化財保護について」を寄稿するなど、文化財保護には深い理解があり、昭和30年(1955)遠野市文化財保護条例が施行された時は文化財専門委員に任命され、積極的な調査活動を行いました。 昭和38年(1963)には岩手県教育委員会から小形信夫と共著で『岩手の田植習俗』を出版し、その中で及川は小友町字鳴沢を中心とする田植に関する習俗を調査行っただけではなく写真も自ら撮影し、当時の遠野市の田植習俗を知る貴重な資料を残しています。  昭和39年(1964)8月10日肺結核で入院加療中だった及川は、仙台市厚生病院にて志半ばで逝去しました。享年44歳でした。関係者からは、遠野における民俗学関係の調査研究が進み、これから中央の学会に多くの論文を発表できるのに、と惜しまれていたといわれています。現在は大慈寺に眠っており、墓石には「瞑想 遠野の民俗学に捧げる」と刻まれています。  今回もたくさんの人が参加され、中には及川勝穂さんのご家族の方も講義を聞きに来ており、家族の思い出についても聞くことが出来て充実した講座になりました。

次回の土曜講座は平成27年2月14日「郷土研究親子二代 鈴木吉十郎・重男」です。 詳しくは⇒コチラ よろしくお願いします。

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