mark 土曜講座「もっと知りたい!遠野の先人」第1回報告


日時:平成26年9月13日(土) 10:00~11:30 講師:調査研究課学芸員兼課長補佐 前川さおり 内容:遠野につくした女性宣教師アンネ・ブゼル 報告: 後期土曜講座第1回は、遠野聖光幼稚園を開設し遠野の人達のためにつくしたアンネ・ブゼルに焦点を当てた講座を開催しました。 Annie Syrena Buzzell(アンネ・サイレーナ・ブゼル)は慶應2年(1866)にアメリカ・マサチューセッツ州ローエル市に生まれました。海外伝道の夢を抱き、明治25年(1892)26歳の時に宣教師として日本に渡り、仙台に到着しました。ブゼルは女性宣教師ラヴィニア・ミードらが開いた私塾「尚絅女学会(現在の尚絅学院)」の運営にあたり、聖書や英語、育児法などを教え、明治32年(1899)には私立尚絅女学校の初代校長となりました。またブゼルはバイブルクラス(聖書教室)を開き、吉野作造など後に大正デモクラシーの旗手となる若者を輩出しました。 しかし、学校の名声が広がるにつれ、他の宣教師や教師からブゼルに対して誤解や反感を持つ者が出て来て、ブゼルは日本を去らなければならなくなり、大正8年(1919)尚絅女学校に退職届を出し、アメリカに帰国しました。 その後アメリカのシカゴ大学で勉強しなおしたブゼルは再び日本で働けるように申し出ました。大正9年(1920)に日本に戻ったブゼルは各地で歓待を受けましたが、尚絅女学校に入ると「ブゼルが教壇に登るなら辞める」という人々がいたため、仙台に別れを告げました。 そして、再出発を決めたブゼルは、当時から男女の中学校が二つあり、教育の環境が整っていた遠野を選び、大正10年(1921)に遠野聖光幼稚園を開設しました。 それからは幼稚園の仕事以外にも日曜学校の校長としての奉仕、クリスマスには園児や地域の人達にプレゼントを贈ったり、向上心のある人には年齢問わず英語を教えるといったことも行い、遠野の人達につくした生活を送りました。 今回の講座には宮城県大崎市古川から「吉野作造を学ぶ会」の方々が参加し、吉野作造とブゼルの繋がりについて話しました。また、聖光幼稚園でお世話になったという方もたくさん参加し、当時の幼稚園について話したり、ブゼルとの思い出を文章にまとめて持参したりする方もいました。 それだけではなく、参加者全員が「ブゼル」ではなく、「ブゼル先生」と呼んでいるところからもブゼルは遠野の人達に尊敬されていることを実感することが出来た講座でした。

みなさん熱心に聞いています。


次回の土曜講座は10月11日(土)「逆説 遠野騒動―鱒沢左馬助は謀反人か?―」です。
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