mark 土曜講座「もっと知りたい!遠野の先人」第7回報告


日付:平成26年1月11日
内容:江戸時代の遠野の医学者たち~和田元庸、是川宗真を中心に~
講師:博物館学芸員 長谷川浩
報告:
 今回は江戸時代に生きた遠野の医学者に焦点を当てました。昔の人々は病気の原因が悪魔や悪霊にあると考え、まじないに頼ったり、神仏に祈り疫病を退けようとしました。江戸時代には、天然痘(ほうそう)、はしか、水疱瘡(みずぼうそう)は人生の「お役三病」とされ、一生に一度しかかからないこの3つの病気を乗り切ることが健康面での願いでした。
 遠野の医者の一人に和田元庸(わだげんよう)という人物がいます。和田家は貞享年間(1684~1687)以来代々医業をしていて、父の玄弘も優れた医者でした。元庸は独学で中国古来の医学書である『傷寒論(しょうかんろん)』を学んだ後、京都に行き、傷寒論を気・血・水に由来するとした『傷寒論精義』を著した吉益南涯(よしますなんがい)に弟子入りしました。帰郷後には「東方の豪」を自称し、また『傷寒論精義』を詳しく説明しようと『傷寒論精義外伝』を著し、難解とされた『傷寒論』を分かり易く解説しました。
 また、もう一人には、是川宗真(これかわそうしん)という人物がいます。彼は遠野の漢方医である是川元随の養子で、天保年間(1830~1843)に江戸へ行き漢方を極めようとしますが、江戸の友人の薬種商の助言で、シーボルトの元で蘭学を学んだ伊東玄朴(いとうげんぽく)に師事しました。帰郷後は漢蘭折衷法をもって医業を進め、明治4年(1871)に遠野の元町に病院を兼ねた西洋医学所を建設し、遠野に西洋医学を広めました。
 他にも遠野で健康祈願に御利益がある寺社やはやり水(日出神社、羽黒堂など)を紹介し、元庸が京都の嵐山に擬して綾織の愛宕神社に桜の木を手植えした話などがあり今回も大盛況でした。

病気平地を願う習俗や儀式を紹介


みなさん熱心です

次回は今年度最後の講座「山奈宗真と妻ヤエ~郷土を拓いた夫婦の絆~」です。
詳しくは⇒コチラ

カテゴリー 市民講座