mark 「もっと知りたい!遠野の先人」第4回『宮守の伝説作家 佐々木儀蔵』報告


日時:平成25年8月10日(土)10:00~11:30
場所:遠野文化研究センター「大会議室」
内容:「宮守の伝説作家 佐々木儀蔵」調査研究課学芸調査補助員 伊藤大剛

報告:
 25年度土曜講座前期最後の講座は、宮守の教育に貢献した人、「佐々木儀蔵(ぎぞう)」です。
 佐々木儀蔵は文政6(1823)年和賀郡安俵(おひょう)村(現在の花巻市東和町)に生まれ、後に土沢町(現在の花巻市東和町)鍋屋佐々木辰五郎(忠兵エとも)家の養子となりました。幼少期には父より手習い読書を学びました。
 土沢では安俵高木通代官所に「御物書」として勤めていましたが、安政6(1859)年、36歳の時に下宮守村の河野文六の招きに応じて来村し河野の師となり、子弟の教育にもあたりました。
 明治6(1873)年50歳の時に儀蔵は和賀郡第9区(安俵・晴山・小山田など11村)の戸長となり、凶作に悩む農民の為に、新政府に建白書を提出し、減税政策の重要性を説き、農業の改良を指導しました。
 儀蔵の著作に平安時代後期に東北地方を舞台に起きた「前九年合戦」(1051~1062年)を題材とし、岩手の農村に残されている伝説を資料として書いた「砥嶺神霊翁之夜話(とれいしんれいおうのやわ)」と「滝の白糸真砂(たきのしらいとまさご)がおだまき」の2作品があります。構成は17世紀頃に成立した「前太平記」の22~32巻までの流れと類似していますが、黒沢尻落城以後厨川柵陥落までは独自の展開です。
 明治8(1875)年再び宮守村に招かれ、翌明治9(1876)年宮守村鹿込学校(当時は下宮守小学校第二分校)の最初の教師として鹿込に住み教職に携わりました。そして明治15(1882)年宮守村に籍を移し、宮守人となり宮守小学校第一分校訓導補として勤務し、主任となります。そして明治31(1898)年儀蔵は75歳の生涯を終えました。
 講座の後、安倍貞任と地名の関係性の話題となり、赤坂所長は、「もし柳田國男が佐々木儀蔵と出会っていたら、『遠野物語』ではなく『宮守物語』になっていたかも」とコメントを下さり、今回も大盛況でした


暑い中みなさん集まってくださいました

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