mark 「もっと知りたい遠野の先人」第一回『女戦国大名 清心尼』報告


日時:平成25年5月11日(土)10:00~11:30

場所:遠野文化研究センター「大会議室」

内容:「女戦国大名 清心尼」 前川さおり(遠野文化研究センター調査研究課 主査兼学芸員)

報告:
  今年度の土曜講座「もっと知りたい遠野の先人」第一回目は戦国末期に根城南部氏(後の遠野南部氏)を率いた女大名「清心尼」について考えました。
 清心尼は天正3(1585)年、青森県八戸の根城を中心に勢力をのばした「根城南部氏」の19代直栄(なおよし)の娘として生まれました。幼名は子子(ねね)。文禄4(1595)に父の直栄が他界しますが、後継ぎの男子がいなかったので、子子と直栄の異母弟・直政(なおまさ)を結婚させて後継ぎとしました。
 慶長19(1614)年夫の直政が28歳の若さで病死し、続けて嫡子の久松も急逝し、根城南部氏には後継ぎがいなくなってしまいます。時の三戸(盛岡)南部氏当主・利直(としなお)は、父信直の遺言として「女性だからと家を存続できぬことはない」と子子に根城南部氏を相続させました。さらに利直は子子を腹心の家臣である毛馬内氏と再婚させ家を継がせようとしました。しかし子子は夫直政への貞節から髪を切り尼となり再婚を拒否したため実現しませんでした。根城家臣団はこの貞節をほめ子子を「清心様」と呼びました。その後も清心尼は盛岡南部氏とバランスを保ちながら根城南部氏を支えていくのです。
 講義終了後、赤坂所長は、「これ、大河ドラマにしてもいいんじゃない?」とおっしゃいました。自分の家族、そして一族を守り支えようとする清心尼の気構えと清心尼に対する家臣団のあつい信頼がうかがえました。

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カテゴリー 市民講座