mark 流し雛


3月3日は「上巳の節句(じょうしのせっく)」といって、女児の健やかな成長を願う雛祭りが行われます。由来には諸説がありますが、平安時代の京都では貴族の子女の遊びとして「雛遊び」が行われていたそうです。また、紙で作った人形で体をなで、ケガレや災厄を人形に移して川や海へ流す穢れ祓いも、同時代にはすでに行われていました。源氏物語の「須磨の巻」では、上巳の節句に海辺で穢れ祓いをする場面が出てきます。 遠野文化研究センターはじめ、お雛様を公開していた会場のいくつかでは「流しびな用紙」を設置していました。人形用紙に名前と年齢を書いて体を撫でて息を吹きかけ、預り箱に入れてもらいました。まとめてお祓いをして、来内川へ流します。 3月3日の午前中に、関係者や遠野保育園の園児たち、観光客が集まり神事が執り行われました。皆様からお預かりした人形は、紙の船に乗せられて神職さんのお祓いを受けます。 その後、遠野文化研究センターの前川補佐による「流しびな」の講話がありました。      遠野には、流しびなにまつわるこんな昔話が伝わっています。 「むかし、ある正直な男が、大鶴堰(だいかくぜき)で美しい小さな人形をひろい、やたらに泥棒を働くようになりました。しかしついに人にとがめられ、人形をひろってから盗みがしたくなったことを白状し、再び人形を捨てたところ、もとの正直者にもどったといいます。」 大鶴堰に流されたこの人形は、美しくとも誰かの災厄やケガレが移されたものだったのでしょう。そのため、正直者だった男が盗みを楽しむ悪人になってしまったのです。 かつての遠野でも人形を流して厄払いをする「流し雛」のような行事が行われていたと事が、この昔話によって伝えられています。 園児たちによって、厄を移した人形は無事に来内川へ流されました。これで今年も元気に過ごせるはずです。 【松浦】

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